大阪高等裁判所 昭和60年(ネ)2105号 判決 1988年5月31日
控訴人
新有馬開発株式会社
右代表者代表取締役
谷正富
右訴訟代理人弁護士
貞松秀雄
松本岳
射手矢好雄
清木尚芳
右訴訟復代理人弁護士
東川昇
被控訴人
尾崎保秀
右訴訟代理人弁護士
藤田裕一
主文
一 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
二 被控訴人の本訴請求を棄却する。
三 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
主文と同旨。
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因(被控訴人)
1(一) 控訴人新有馬開発株式会社(以下、「控訴会社」という。)は、兵庫県三田市内に所有あるいは賃借する山林等を利用し、いわゆる預託金会員制度を採る「有馬カンツリー倶楽部」と称するゴルフ場(以下、「本件ゴルフ場」という。)を経営する法人である。
(二) 有馬カンツリー倶楽部(以下、「本件倶楽部」という。)は、本件ゴルフ場を通じて会員相互の親睦などを図る社交機関であり、いわゆる権力能力のない任意団体に過ぎず、控訴会社と別個・独立の権利義務の主体とはなりえないものである。しかし、その内部に理事会を置き、同理事会は控訴会社代表者を理事長として控訴会社取締役会とともにいわゆるゴルフ会員権の譲渡承認の決議や名義の書換手続を行うものである。
(三) 本件倶楽部の会員は、本件ゴルフ場の施設を優先的に利用する権利、控訴会社に対する入会金(入会預託金)返還請求権、そして控訴会社に対する年会費等の納入義務といつた債権債務を有する契約上の地位(以下、「本件会員権」あるいは「本件ゴルフ会員権」という。)にあるものである。
2 被控訴人は、昭和五八年四月一一日、株式会社星光(以下、「星光」という。)から、控訴会社発行にかかる正会員大山紘正宛て、額面金三〇万円の「預り証」と題する、入会金の預託を受けたことを証する証書(甲第一号証の一、二。以下、「入会預託金預り証」という。)を代金一七八万円で買い受け、星光から右預託金預り証と共に大山紘正作成の売渡証書(甲第二号証)、同委任状(甲第五号証)、同登録者名義変更願書(甲第三号証)など名義書換手続に必要な一切の書類の交付を受けて、本件個人正会員権の譲渡を受けた。
3(一) 本件倶楽部の規約によると、本件ゴルフ会員権は控訴会社取締役会及び本件倶楽部理事会の承認を得て譲渡することができ、所定の申請をなし、名義書換料を支払つて譲受人に名義書換手続が行われることとされている。
(二) 右規約において、控訴会社取締役会及び本件倶楽部理事会が本件会員権の譲渡について承認を必要と定め、その譲渡を制限している根拠は、右譲受人(以下、「名義書換請求者」ということもある。)が①本件倶楽部の親睦的雰囲気と品位及び一定の技術水準の維持という会員の利益を保護するため人柄などの適格性のあること、及び②年会費、名義書換料その他の義務を確実に履行できる資力と意思があるという適格性を審査するためである。
(三) 被控訴人に右の適格性に関してその人柄、資力などについて本件会員権の譲渡承認、名義書換手続を拒絶される欠格事由は存在しない。
4 被控訴人が本件会員権を譲り受けた昭和五八年四月一一日当時、名義書換料は金三五万円と定められていた。
5 被控訴人は本件倶楽部に対して昭和五八年一二月本件会員権の名義書換手続を求めたところ、控訴会社従業員から拒絶された。
6 よつて、被控訴人は控訴人に対し名義書換手数料三五万円の支払いと引換えに本件ゴルフ会員権について被控訴人への名義書換手続を求める。
二 本案前の主張(控訴人)
1 被控訴人は控訴会社に対して本件ゴルフ会員権について名義書換請求(入会申込)の手続をしていない。したがつて、被控訴人に対する名義書換手続を求める本件訴はその利益を欠く不適法なものである。
(一) 一般に、ゴルフクラブはゴルフという娯楽的スポーツを通じた一種の社交クラブないし親睦団体であり、それゆえにゴルフクラブの自主的内部規律が確立し尊重されるべきである。ゴルフ場会社ないしゴルフクラブ理事会が会員権譲受人の入会申込に際し譲渡を承認するか否かは私的自治に委ねられた事柄であり、原則として自由裁量行為である。譲渡承認手続はクラブの自治権の現われであり、会員を選択し、場合により承認を拒否する権利は私的団体として固有のものである。
以上の理は本件倶楽部においても同様である。
(二) 被控訴人は控訴会社に対して名義書換の申請をしたことがなく、控訴会社も被控訴人の名義書換申請を拒絶したことがない。被控訴人は本件倶楽部に対し預託金についての問合せ(甲第三八号証)をしたことがあるだけである。そして、本件倶楽部はこれに対し名義書換に際し名義書換料五〇万円と名義書換預託金三〇〇万円(無利息として退会時に本人に返還)を収受している旨を回答した(甲第九号証)。
(三) 本件倶楽部における名義書換申請の手続には、会員一名の推薦に加え登録名義書換申請書、写真添付の入会申込書、住民票の提出が必要である(規約六条、細則二条)。しかるに、被控訴人は前示行動に出ただけで何ら右申請手続をしていないのであるから、控訴会社は被控訴人の申請を審査する段階にも入つていない。
被控訴人が本件倶楽部の会員になるために承認を得る要件は①所定の名義書換申請の手続をし、②審査を受けて合格し、③入会の対価と見られる給付金を納付することの三つであるところ、右①②の要件を欠いたままで③に関して名義書換預託金などの給付義務の存否を明らかにしても、控訴会社が直ちに被控訴人への譲渡を承認すべきであるとは言い難い。したがつて、被控訴人はまず名義書換申請(入会申込)の手続をとるべきであり、右申請が審査を経て譲渡承認を拒否された段階で初めて訴を提起する利益が生ずる。
2 被控訴人は大山紘正の本件ゴルフ会員権の譲受人であるというが、大山は後記(一)記載の会費未納分のうち二八ケ月分の未納と同(二)記載の念書による特約違反の事由により昭和六一年七月一四日本件倶楽部理事会から除名決議を受け(乙第四〇号証)、同月二二日控訴会社取締役会も右除名を承認した(乙第四一号証)。本件倶楽部及び控訴会社は、昭和六一年八月四日大山に対して右除名処分を通知した(乙第四二号証の一、二)。したがつて、被控訴人は控訴会社に対して名義書換手続を求める利益を喪失したので、本件訴は不適法である。
(一) 被控訴人は本件ゴルフ会員権の譲渡承認を受けていないものである。したがつて、本件倶楽部の会員は現在本件会員権の名義人である大山紘正である。同人は昭和五八年一二月分から同六二年三月分まで左記のように会費合計九万九〇〇〇円を滞納する。
記
① 昭和五八年一二月分から同五九年三月分までの会費残 九〇〇〇円
② 昭和五九年四月分から同六〇年三月分までの会費 三万円
③ 昭和六〇年四月分から同六一年三月分までの会費 三万円
④ 昭和六一年四月分から同六二年三月分までの会費 三万円
本件倶楽部は大山紘正に対して昭和五九年三月三〇日、同六〇年四月一日、同六一年四月一日の三回にわたり滞納会費の支払いを催告したが、その支払いに応じない。これは本件倶楽部の規約五条二号に定める除名事由に該当する。
(二) 大山は昭和五四年三月一一日控訴会社に対して名義書換に伴い差し入れた念書(乙第八号証)をもつて預託金預り証を他に譲渡しない旨を約束したのにも拘らず、これに反して右証書を他に譲渡し、その結果、控訴会社及び本件倶楽部は多大の迷惑を被つた。
3 被控訴人の本案前の主張に対する答弁3、(一)、(二)の主張は争う。
三 本案前の主張に対する答弁(控訴人)
1(一) 本案前の主張1、本文の事実及び主張は争う。
(二) 同項(一)の主張のうち、ゴルフ場会社ないしゴルフクラブ理事会の会員権譲渡承認について自由裁量の範囲を拡張的に強調する点は争う。
(三) 同項(二)、(三)の各事実は争う。
被控訴人は、昭和五八年一二月、本件倶楽部に電話で名義書換申請を行いたい旨を申し出たところ、電話で応待した控訴会社従業員から、名義書換預託金三〇〇万円を預託しなければ名義書換申請は受け付けない旨を強く申し渡された。そこで、被控訴人は同代理人と相談のうえ昭和五九年二月一七日原審裁判所に対し本件訴を提起するの止む無きに至つた。
被控訴人は、控訴会社に対する右訴と同時に、名義書換申請手続上の瑕疵や被控訴人の人柄などを理由とする名義書換の拒否を慮り名義書換預託金制度新設無効確認訴訟を提起した。しかし、控訴会社は右新設制度の有効性だけを争点として抗争し、「本訴においては原告(被控訴人)の人柄等の点について名義書換を拒否する考えはない。」と応答したので、被控訴人は右無効確認訴訟を取り下げ、控訴会社はこれに同意した。
2(一) 同2本文、(一)の各事実及び主張は争う。
控訴会社主張にかかる大山の会費滞納は、大山から被控訴人が本件ゴルフ会員権の譲渡を受けた後の会費に関するものであり、本来、被控訴人がその支払義務を負担している。ところで、現在被控訴人は控訴会社から名義書換を拒まれ本件ゴルフ場の優先利用権を行使できないのであるから、これと同時履行の関係にあると認めるべき年会費の支払いを拒絶し続けているに過ぎないのである。したがつて、大山の会費未納の点を捉えて同人を除名し本件会員権それ自体を失効させることは許されない。
(二) 同項(二)の事実中、大山紘正が名義書換停止中に本件会員権を譲渡したことは認めるが、その余は争う。
被控訴人は名義書換停止中は名義書換を求めず書換再開後に名義書換申請の手続をとつたところ、新設された名義書換預託制度をめぐり本件紛争が生じた。かかる事態がなければ、右会員権の譲渡は問題視されなかつた筈であるから、右は除名事由に該当しない。
また、右念書(乙第八号証)は本件ゴルフ場の改造工事が完了するまでの合意であるから、昭和五八年一二月一日以降に右念書に定める特約違反の問題はありえない。
3(一) 控訴会社は控訴審に至つてはじめて、名義書換申請のないこと及び被控訴人の人柄などに関する審査が行われていない点を根拠として訴えの利益の欠如を主張した。しかし、前示した原審における弁論の経緯に徴すれば、右主張は時機に遅れた攻撃防禦方法の提出であつて許されず、また訴訟上の信義則に反する。
(二) また、大山に対する除名処分を根拠とする訴の利益の欠如の主張も訴訟上の信義則に反する。つまり、控訴会社が名義書換預託金制度の効力だけを争うというので、ここに争点を絞つて訴訟活動をして来たところ、突然被控訴人に連絡もなしに大山を除名してこれを本訴に持ち出したのであり公平でない訴訟活動である。
四 請求原因に対する認否(控訴人)
1(一) 請求原因1(一)の事実は認める。
(二) 同項(二)の事実は認める。ただし、預託金会員制ゴルフクラブであつても、株主会員制ゴルフクラブと同じく、ゴルフクラブと会員との関係においてはクラブ自身がゴルフクラブに関する事項を規律する。
(三) 同項(三)の事実は認める。
ただし、より正確に言えば、いわゆる預託金会員組織の本件ゴルフ会員権はゴルフ場会社の会員に対する諸権利と会員のゴルフ場会社に対する諸権利が重畳交錯しているのであつて、かかる地位の譲渡に当たつては債権譲渡と債務引受(免責的債務引受)とが併存している。そこで会員権の譲渡は右二つの側面に応じ二つの法理が適用されなければならない。加えて、本件倶楽部の規約には入会預託金(入会金)返還請求権の譲渡については控訴会社取締役会と理事会の承認を必要とする旨を明定している。
債務引受を伴う契約上の地位の譲渡をするには譲渡人と譲受人及び債権者(原契約の相手方)を加えた三面契約を締結するか、または債権者の承諾のあることが必要であり、いずれもない場合には右譲渡の効力は生じない。ゴルフ場会社は、会員権譲受人(名義書換請求者)と新らたに契約関係に入るか否かを決める承認あるいは不承認を自由に選択することができる。したがつて、控訴会社は本件倶楽部の品位等を保持するために右譲受人と契約に入るのを拒否できる。ただし、この場合、控訴会社は右譲受人が入会預託金返還請求権の移転まで否定するものではない。控訴会社は被控訴人の譲受人として地位の総てを否定しているのではない。
さらに、また、被控訴人は星光から本件ゴルフ会員権を譲り受けたというが、控訴会社取締役会及び理事会は星光への会員権譲渡を承認したことはない。被控訴人が星光を介して大山紘正から譲り受けたとするならば、その年月日を言うべきである。また控訴会社は大山から被控訴人へ本件会員権つまり指名債権を譲渡した旨の通知も受けていない(民法四六七条)。被控訴人が甲第二号証として提出する売主大山紘正作成名義の売渡証書は控訴会社の書式ではなく、宛名も不明である。
以上の次第であるから、被控訴人が大山あるいは星光から本件入会預託金預り証(これは有価証券ではなく証拠証券である。後記八、1参照)を譲り受けたという事実だけでは、被控訴人は控訴会社の承認を条件とする期待権を得たに過ぎず、本件ゴルフ会員権(会員としての契約上の地位)を譲り受けたものとは言えず、控訴会社に対して名義書換請求をすることができる地位を取得できていないのである。
2 同2の事実は不知。
3(一) 同3(一)、(二)の各事実は認める。
なお、控訴会社は承認するための二つの要件を審査した(面接は支配人がする。)うえ、名義書換を承認したときは、控訴会社は新登録者より名義書換料、名義書換預託金を徴し入会預託金預り証の裏面にある承継欄に控訴会社代表取締役印を押捺して新登録者に交付して名義書換手続は終了する。名義書換を承認しない場合は一件書類を提出者に返戻する。
(二) 同項(三)の事実については、控訴会社は、「本訴において現時点においては原告(被控訴人)の人柄等の点について名義書替を拒否する考えはない。」(原審における昭和五九年九月六日付控訴会社準備書面、第一、原告の求釈明に対する答弁二、1参照)と主張し、当審に至り右の趣旨は「控訴会社は被控訴人から未だ所定の名義書換申請を受け付けていないので審査もしていない。現時点では人柄等を云々する立場にないことを明らかにした意味である。」(当審における昭和六一年二月一〇日付準備書面(一)参照)旨の補足主張をした。
4 同4の事実中、昭和五八年四月一一日当時の名義書換手数料が三五万円であつたことは認めるが、その余は不知。
5 同5の事実は否認。
控訴会社は未だ被控訴人から本件倶楽部の規約、細則に則つた名義書換申請を受けていない。したがつて、控訴会社は被控訴人の名義書換手続に着手したことがなく、被控訴人の人柄その他を審査する余地もない。
五 抗弁(控訴人)
1 譲渡禁止特約
(一) 本件ゴルフ場用地の一部は、昭和四七年ころ日本住宅公団が計画中の北摂地区新住宅市街地開発事業地域内に含まれていたため、同公団から控訴会社に対して土地提供協力の申入れがあつた。控訴会社はこれに応じたので、本件ゴルフ場の一部が買収されゴルフ・コースの改造を余儀なくされ、またゴルフ場としてのグレードを高める目的でコースのレイアウト、クラブハウスその他の設備の改修をするため一定期間本件ゴルフ場を休場するの止む無きに至つた。しかし、その期間の見透しは明らかにならず、会員に迷惑をかける恐れが生じた。さらに本件ゴルフ場の借地契約が地主から更新を拒絶され紛争化して来たこと、買収の範囲がなお不明確なこと、代替地を確保しうるかに不安があつたこと等の事情が重なり、かかる事態を打開するのに必要な資金総額がどれ位となるかの見透しも無く、本件ゴルフ場が存続できるのか、経営資金を調達できるのか、という根本問題があつたので、昭和四八年九月一七日控訴会社取締役会は「昭和四八年一一月一日から会員権の譲渡は承認しない。譲渡承認を再開するときは、改めて取締役会で決議する」旨を決議した(乙第二号証)。
しかし、会員等から、「(イ)昭和四八年一一月一日より名義書換停止中であることは認める。(ロ)譲受人は再譲渡しない。その必要が生じたときは入会金の払戻しを受けて退会する。(ハ)譲渡停止措置には一切異議がない」旨の内容の念書を差し入れた者に対しては入会預託金預り証の名義書換を承認して欲しいとの申出が多かつたので、昭和四九年三月二三日、控訴会社取締役会は、「昭和四九年四月一日から右念書の差入れを条件として名義書換手続を承認する」旨を決議した(乙第三号証の一、二)。
(二) 本件ゴルフ会員権の譲受人である大山紘正は、昭和五四年三月一一日、控訴会社に対し本件会員権につき前示内容の念書(以下、「本件念書」という。乙第八号証)を差し入れて前会員から右会員権を譲り受けた。つまり、大山は控訴会社に対して本件ゴルフ会員権を他に再譲渡しないこと、その必要が生じたときは退会する旨の特約に合意した。
(三) いわゆる預託金会員制ゴルフ会員権は、前示したとおり、入会預託金又は名義書換預託金返還請求権、ゴルフ場施設の優先的、継続的利用権を内容とする指名債権であり、譲渡禁止の特約の存在など特段の事情のないかぎり、自由に譲渡できるものである。しかし、特段の事情があるときはそれによるべきである。
これを本件について見れば、大山と控訴会社との間で合意された前示譲渡禁止特約により本件会員権の譲渡は控訴会社に対する関係においては無効である。したがつて、被控訴人は本件ゴルフクラブ会員権を譲り受けたとして控訴会社に対して名義書換を求めることはできない。
2 名義書換預託金及び増額名義書換料の支払義務
(一) 前記抗弁1(一)記載の経過で本件ゴルフ場アウトコース変更工事の着工が接近したため、控訴会社は、昭和五七年九月三〇日、その取締役会で「会員権の念書による名義書換は昭和五七年一二月一日よりアウトコース変更工事完成による全コース再開時まで停止する」旨を決議した(乙第五号証)。そして、本件倶楽部は、昭和五七年一〇月三〇日、会員に対して同年一二月一日から工事に着工し、名義書換を停止する旨を通知した。
(二) 控訴会社は、昭和五七年一二月一日、本件ゴルフ場のコース関係、その他の施設設備関係の改造改修工事に着手した。
右工事は本件ゴルフ場用地総面積(一〇五万八一三九平方メートル)の39.6パーセントに及び、その内容としては各ホール、そのティーグランド、グリーンの大改造、各ホールのフェアウエイ等に自動排水設備の設置、カート道路の新設、クラブハウスの全面改装、練習場の設置、駐車場の整備などの全般にわたるもので、右工事費用は合計二九億〇七一九万九二六一円である。さらに、控訴会社は昭和五七年、五八年にかけて休場したので合計九億九三六二万三〇四〇円の営業損失が生じた。したがつて、右改造に要した総費用は合計三九億〇〇八二万二三〇一円である。これにより本件ゴルフ場のグレードは著しく高まつた。
(三) 控訴会社は、昭和五八年八月二日、右改造改修工事完成の見透しがついたので、取締役会で左記のとおり決議し(乙第七号証の一)、同月四日、本件倶楽部理事会も同様の決議をした。
記
① 今後会員名義書換承認を受ける新名義人は、名義書換預託金三〇〇万円を控訴会社に払い込むものとし、この預託金は無利息とし払い込んだ会員が退会したとき同人に返還する。
② 名義書換料三五万円を五〇万円に変更する。
③ 会員の年会費一万八〇〇〇円を三万円に変更する。
④ 昭和五八年一二月一日より名義書換停止を解除する。
⑤ 昭和五八年一〇月一日本件ゴルフ場の全コースの営業を再開する。
本件倶楽部の理事会は、昭和五八年一一月二八日、右決議を会員に対して通知した。
(四) (名義書換預託金制度の適法性)
控訴会社取締役会は昭和五八年八月二日に、本件倶楽部理事会は同月四日に名義書換預託金制度を前示のように新設し、改正前の規約二一条に基づき右制度を定める現行規約六条を定めた。
会員は本件倶楽部の規約及びこれに基づいて定められた新規約に従うべき義務がある(契約自由の原則)。もとより、規約の改正は無制限にできるものではない。たとえば、ゴルフ会員権の本質部分である入会預託金の返還請求権及び施設利用権自体に改変を加える規約改正は問題があろう。しかし、ゴルフ場会社の経営上調達すべき必要性と合理性のある資金を集めるために、現会員に関係のない会員権譲受人に追加預託金を賦課するような改正は会員の基本的権利に影響を及ぼさないものとして有効である。
次に、規約一二条によれば、本件倶楽部理事会の理事長は控訴会社の代表者を兼ね、理事など役員は控訴会社取締役会が推薦委嘱するものである。したがつて、この規約に基づき選任された理事は会員の意思を代表するものというべきである。そして、規約の改廃は理事会の決議に委ねられているのであるから、会員は理事会が決議し、控訴会社取締役会が承認した規約の改正には、それが本件倶楽部の目的・趣旨に反するものでないかぎり、従わなければならない。名義書換預託金制度の新設が本件倶楽部の目的・趣旨に反するものでないことは明らかであるから、前記のような規約改正の方法で決定することは適法であり、改めて全会員の総意を問い直す必要はない。
なお、控訴会社と会員との関係は入会預託金返還請求権、ゴルフ場施設の優先的利用権の債権債務関係であるに過ぎないから、控訴会社はその経営について会員から干渉や制約を受けることはない。控訴会社が規約に基づき名義書換預託金制度を設けることは、会員の従前からの本件ゴルフ場の施設利用権に何らの消長を来たすものではない。そこで、控訴会社が右制度を新設したのは経営権の発動として自由に決定できるのであるから、会員の総意によるべき必要はない。
仮に然らずとしても、名義書換預託金制度は本件倶楽部と会員との関係であるから、本件倶楽部がこれを規律するものであり、右倶楽部の機関が決定できる事柄である。したがつて、本件倶楽部理事会が決定した右制度は適法である。
(五) (名義書換預託金制度の合理性)
本件倶楽部の会員(その後入会した多数の会員を含む。)は本件名義書換預託金制度に対して一人も異議を述べていない。会員でない被控訴人が右制度に異を唱えているだけである。
全国的に見ても、右制度と同様の名義書換(入会)預託金制度を設けるゴルフクラブは少なく無い。同制度をより徹底した制度(入会金制度)すら現われている。
この制度は従前の会員が有するゴルフ会員権の価値を一部でも減殺するところはない。一般に、ゴルフ場会社がホール改造増設、クラブハウスの建て直し、大増改築、その他駐車場、道路などの拡張その他のために巨額の資金を要するとき(事情変更の原則の適用が考えられる場合)、その資金の調達方法は三つ考えられる。すなわち、①新規に会員を募集する方法、②新規募集はしないで、従来の会員から追加金の支払いを求める方法、③同じく新規募集はしないが、名義書換請求者(新しく会員になろうとする者)に追加預託金の支払いを求める方法である。本件名義書換預託金制度は右のうち③の類型に属し、現会員に負担をかけずに、しかも再開後のグレード・アップした本件ゴルフ場の利用を提供できる。
次に、新らたに入会を希望する者(会員権の譲受人)にとつても、再開後のゴルフ・コースの価値に比較すれば、格段に少額の預託金の納入で本件ゴルフ場を利用できるメリットがある。しかも据置期間のない預託金であるから、いつでも退会に際し返還される性質のものである。
加えて、右預託金収入により控訴会社は資金を調達し、金利負担を軽減し、経営を安定させ、利益をあげられる。そして、コース、施設設備の改善改良を可能にし、ひいては会員全体の利益に還元される。
名義書換預託金制度が合理的で適法視される根拠としては以下の考えも注目すべきである。すなわち、名義書換預託金は会員権の譲受人に課せられるものではあるが、その金額の程度によつては従前の会員(譲渡人)の権利への侵害と見るべきような不利な影響(経済的不利益)がありうる。しかし他方、資金調達のために会員の追加募集をすれば、会員数が適正規模を超過することにより会員の有する施設優先利用権を制限する結果を招くのみならず、募集数によつては会員権の相場が低落して従前の会員に不利な影響がある。したがつて、追加募集は許されるが名義書換(追加)預託金は許されないとするのは合理的根拠がない。結局、名義書換預託金制度が許されるか否かは従前のゴルフ会員権の譲渡性に対する制約の程度如何によるべきであると解すべきである。かかる見地から見ても、本件制度が合理性を欠き違法であるとすべき事情はない。
なお、控訴会社は本件ゴルフ会員権を投資対象として利用する会員のために右会員権の市場(売渡)価格を維持すべく施策を行う義務はない。名義書換預託金を譲受人に課することにより会員権の市場価格が低落しても、その差損は権利の侵害として補償されるべきものではない。
(六) 被控訴人は名義書換預託金三〇〇万円と増額名義書換料五〇万円の支払いをして本件ゴルフ会員権の譲渡承認を求める意思を有しないのであるから、控訴会社は右譲渡承認及び名義書換手続を拒絶する正当な理由がある。
六 抗弁に対する認否等(被控訴人)
1(一) 抗弁1(一)の事実中、念書の内容は認めるが、その余は不知。
(二) 同項(二)の事実は認める。
(三) 同項(三)の主張は争う。
2(一) 抗弁2(一)の事実は不知。
(二) 同項(二)の事実は不知。
控訴会社は、日本住宅公団にゴルフ場の一部を買収されたために大改造工事を止む無くされたと主張する。しかし、右工事の大半は、控訴会社が日頃から正しい計画的な経営に努めていれば、回避できた筈である。安直な経営態度のもとで、控訴会社は新規会員を募集することもままならないままに、資金調達の必要性を強調し会員及び会員権譲受入にのみその不利益を押し付けて名義書換預託金制度を導入したものである。
(三) 同項(三)の事実中、控訴会社が名義書換預託金制度を新設し、名義書換料を増額した点は認め、その余は不知。
(四) 同項(四)の主張は争う。
(五) 同項(五)の事実及び主張は不知ないし争う。
控訴会社が主張する名義書換預託金制度を採用するゴルフクラブのほとんど総ては株主会員制のゴルフクラブである。したがつて、預託金会員制のゴルフクラブである本件について参考にはならず、またすべきではない。
控訴会社が名義書換預託金制度の導入により経営資金を調達せざるを得ない必要性と合理性と称するものは、以下のとおりその無責任さを示すものにほかならない。すなわち、巨額な資金を必要とするに至つた原因は控訴会社の経営方針の誤りや計画性のない企業運営の結果であり、借地の更新問題などは予め対応措置を講じていて然るべき事柄である。かかる事態を打開するため右制度を新設して資金の調達を図るのは会員権譲受人の、ひいては会員自身の損失において経営の怠慢を補填しようとするものである。このような資金調達方法は今でも良心的なゴルフ場会社は採用せず、会員等に不利益を押し付けて省みないゴルフ場会社の独善的な経営姿勢は強く批判されるべきである。
次に、本件ゴルフ会員権が市場価値をもつのは控訴会社が予め譲渡性を認めて入会預託金預り証を発行したからに外ならない。しかも、このゴルフ会員権は会員の利益と負担の相関関係から需要と供給の関係に影響を及ぼしその価格を変動する構造をとつている。本件ゴルフ会員権の市場価格は本件ゴルフ場の企業外資源の向上に伴い上昇して当初の入会預託金額を上廻るようになるのは当然のことである。会員が、かかるゴルフ会員権の価格を一方的に低下させられることのないよう法的な保護を求めるのは権利と言うに値する利益である。
(六) 同項(六)の事実中、被控訴人が名義書換預託金三〇〇万円と名義書換料の増額分を支払う意思のないことは認め、その余は争う。
七 再抗弁等(被控訴人)
1 譲渡禁止に対して
(一) 本件ゴルフ会員権は前示契約上の地位が証券に化体された有価証券であるから、その法律関係は証券上の記載文言によるべきところ、本件念書による譲渡禁止特約はこれに反する無効の合意である。
本件ゴルフ会員権は入会預託金預り証とその裏面に貼付された本件倶楽部規約から通常予想できる範囲内の事項によつてのみ会員権の権利義務が定められるべきである。控訴会社と大山との間でその権利義務につき特約を結んだとしても、それが預り証の記載文言から通常予想できない譲渡禁止といつた内容である場合には、合意は預り証に化体されていないから、会員権譲受人である被控訴人に対する関係では無効であり、対抗できない。
(二) 仮に然らずとしても、控訴会社は預り証の授受により会員権が輾転譲渡されることを自ら予定して右証券を発行したにも拘らず、右証券の文言上通常予想できない会員権譲渡禁止を会員権譲受人である被控訴人に対して主張するものであつて、かかる主張は禁反言の法理に反し、許されない。
(三) 仮に然らずとしても、本件ゴルフ会員権の譲受人である大山も、控訴会社が昭和四八年九月一七日にした前記譲渡禁止決議を知らないで前会員から右会員権を譲り受けたところ、右決議をたてに譲渡承認を拒まれ、本件念書の提出を半ば強制された。窮状に陥つた大山は止む無く本件念書を提出したものであるから、同念書上の合意は公序良俗に反し無効である。
(四) 仮に、本件念書による合意が有効であり被控訴人に対しても主張できるとしても、右合意内容である譲渡禁止ないし名義書換請求の禁止は、本件ゴルフ場の大改造工事に伴う休場による都合で求められたものであるから、全コースの営業及び名義書換の再開に伴い失効したものというべきである。したがつて、その後に名義書換請求をした被控訴人に対しては、右合意は効力を有しない。
2 名義書換預託金及び増額名義書換料の支払いに対して
(一) 本件預り証は有価証券であるから、その表面及び裏面に貼付された本件倶楽部規約の記載文言上通常予想できないような名義書換預託金の支払義務を会員権譲受人に課することは許されない。預り証に記載ある文言から認められる権利義務を控訴会社が一方的に改変したことを会員権譲受人である被控訴人には主張できない。
(二) 仮に然らずとしても、本件倶楽部の規約(甲第一号証の二)から通常予想し難い義務を会員ないし会員権譲受人に対して課することは会員等の権利ないし利益を一方的に剥奪するものである。控訴会社が名義書換預託金制度と名義書換料の増額を決定したことは禁反言の法理に反する。
(三) さらに、本件ゴルフ場の会員は、控訴会社がゴルフ場の建設事業を進めると共に単独で規約を作成して会員を募集した際に、同規約を承認して入会することにより会員となつた。この規約はいわゆる普通契約約款と見るべきところ、その規定が一方当事者にのみ不利益を強いるものである場合には、それは公序良俗に反し無効であるから、契約当事者は同規定に拘束されない。規約中に改正に関する規定があり、これに基づき規約が改正されたとしても、改正手続が控訴会社の意向だけを反映する手続構造をとり、かつ改正内容も会員ないし会員権譲受人の利益だけを一方的に著しく損うものである場合には、右改正規定の拘束力はない。本件倶楽部の規約中の改正規定(規約二二条)は手続主体が不明であるうえ、理事会は控訴会社と同一視すべきものであり、他に会員総会の規定もない。このように会員権者等の利益を反映しうる手続主体もなく、控訴会社の都合だけを反映する手続のもとに、従来の名義書換料三五万円を五〇万円に増額し、会員権譲受人に対して新たに名義書換預託金三〇〇万円の拠出を求めることに規約が改正された。これは会員権譲受人に大きな負担を強いるばかりか、現に会員である者に対しても会員権の市場(売渡)価格を低下させ資金の回収を困難にするものである。したがつて、右改正された規定は公序良俗に反する無効のものであるから、会員及び会員譲受人を拘束するものではない。
八 再抗弁等に対する認否(控訴人)
1 再抗弁等1、(一)、(二)、(三)、(四)の事実及び主張は争う。
本件入会預託金預り証が有価証券でないことは同預り証の表・裏面の各記載文言の内容、指図文言の記載はないこと、預託金は会員資格を有するものに、返還すべきであつて、預り証の所持者であつても右資格のないものに返還すべき義務はないこと、会員権の行使には預り証の所持、呈示を必要としないことなどに徴すれば明らかである。
2 同2、(一)、(二)、(三)の事実及び主張は争う。
ただし、右(三)の事実中、会員の総意を確める手続はとらずに名義書換預託金制度等を決議し規約の改訂したことは認める。
第三 証拠関係<省略>
理由
一控訴会社は、本案前の主張として、第一に、被控訴人が控訴会社に対して所定の手続に従つた本件ゴルフ会員権の名義書換(入会申込)申請の手続をしていないこと、第二に、被控訴人が譲り受けたという右会員権はその名義人である大山紘正が除名されたので失効したことを理由として、本件訴は訴の利益を欠くと主張する。しかし、右本案前の主張は後記二、2、(一)、(二)、(1)、(2)に認定説示するとおり理由がなく、採用に由ないところである。
二1 請求原因1、(一)、(二)、(三)、同3、(一)、(二)の各事実は当事者間に争いがなく、これを要約すると次のとおりである。
(一) 控訴会社はいわゆる預託金会員制度を採る有馬カンツリー倶楽部(本件倶楽部)と称するゴルフ場を経営する会社であり、本件倶楽部は控訴会社と別個・独立の人格を持たない同社機構の一組織であつて親睦などを目的とする社交機関である。同倶楽部は理事会を置き、理事長は控訴会社の代表者である。
(二) 本件倶楽部の会員は、控訴会社に対して①本件ゴルフ場の優先的利用請求権、②入会預託金返還請求権、③年会費等の納入義務という債権債務を有する契約上の地位にある。この地位はいわゆる預託金会員組織ゴルフ会員権と称されるものである(以下、「本件ゴルフ会員権」あるいは単に「本件会員権」という。)。
(三) 本件ゴルフ会員権は、控訴会社取締役会及び本件倶楽部理事会の承認を得て譲渡することができ、所定の名義書換の申請手続をとり、かつ名義書換料を納入して譲受人への名義書換手続がされる(本件倶楽部規約参照)。
(四) 本件ゴルフ会員権の譲渡につき規約上右のような承認を要すると定めて譲渡を制限する根拠は、ゴルフ会員権譲受人(名義書換請求者)が、①倶楽部の親睦的雰囲気に適する人柄と一定の技術水準を有しているとの適格性及び②年会費、名義書換料等の納入義務を履行できる資力と意思のあるという適格性を審査するためである。
2(一) <証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。
(1) 被控訴人は、昭和五八年四月一一日、ゴルフ会員権業者である株式会社星光(代表者横尾尚志は昭和五一年七月五日後記念書を差し入れて本件倶楽部の会員となつた。)から本件ゴルフ会員権を名義書換料を別として代金一七八万円で買い受け、入会預託金預り証(甲第一号証の一、二)、その他の名義書換手続に必要な一切の書類を譲り受けた。ただし、被控訴人は当時本件倶楽部が名義書換を停止しているためその再開後でなければ名義書換を請求できないことを了解していた。
右交付を受けた書類は、大山紘正の署名押印のある宛名を白地とする会員権の売渡証書(甲第二号証)、控訴会社宛ての旧登録者名欄に大山の署名押印のある登録名義変更願書(甲第三号証。新登録者名、紹介者名(二名)欄は白地)、大山の署名押印のある宛名白地の紛失届(甲第四号証)、同じく委任状(甲第五号証)、昭和五八年三月二八日付大山の印鑑登録証明書(甲第六号証)である。
(2) 本件倶楽部に対して会員権の名義書換を請求する者(規約五条は名義書換請求者の主体を明定せず、細則二条は「会員の地位を譲り受けようとする者」と定める。)は、控訴会社に対して会員一名の推薦を得て登録名義書換申請書(乙第一〇号証の登録名義書換申請書は、甲第三号証のそれとは表題、紹介者数が異なるほかは総て同一である。)、写真添付の入会申込書(乙第五〇号証)、住民票の提出を要する(規約六条、細則二条)。
その手続は、本件倶楽部支配人が中心,となり書類を審査し、倶楽部内で会員権譲受人と面接する一方、紹介者や他のゴルフ場に照会するなどして調査を尽くしたうえ、理事会に報告しその承認の後に控訴会社取締役会が承認の可否を決する。可とした場合には、控訴会社は名義書換請求者に対して右承認を通知し、同人が名義書換料などを納付した後に、提出された入会預託金預り証裏面の登録年月日、譲受人、承認印欄に所要事項を記入押印して再交付する。
(3) 昭和五八年一二月、被控訴人は本件倶楽部会員である友人から同年一一月二一日付「会員名義書替についてお知らせ」(甲第七号証)を見せられ、名義書換手続の再開を知ると同時に、再開後の名義書換料が一件につき五〇万円に増額されたこと及び新たに名義書換預託金三〇〇万円の納入を要することとなつたことを知つた。そこで、被控訴人は本件倶楽部に電話で名義書換手続について確めたところ、支配人から「理事会で決めた名義書換預託金三〇〇万円を支払わずに会員権の名義書換はできない。」と強く申し渡された。
被控訴人は同代理人らにこれを相談し、昭和五八年一二月二六日、代理人らをして本件倶楽部に対し「増額名義書換料と名義書換預託金を支払わないと書換に応じないのか」について回答を求めた(甲第三八号証の一、二)ところ、昭和五九年一月六日右倶楽部から「昭和五八年一二月一日から会員権の名義書換に際しては増額名義書換料、名義書換預託金を徴収する。」旨の応答(甲第九号証)を得た。
(4) 被控訴人は、昭和五九年二月一七日、控訴会社を被告として本件訴訟を原審裁判所に提起し、同年三月一日右訴状が送達された。その際、控訴会社と本件倶楽部に対して名義書換預託金制度新設無効確認訴訟を提起したが、本件倶楽部は被告適格がないこと、控訴会社が請求原因3(三)の事実に対する認否として、昭和五九年九月六日の原審第四回口頭弁論期日において「本訴において現時点においては原告(被控訴人)の人柄等の点について名義書換を拒否する考えはない。」と陳述したことから、被控訴人は同年一〇月四日右無効確認訴訟を取り下げ、控訴会社らはこれに同意した。
(5) 被控訴人は、年商七億円ほどの実績をもつ丸協産業株式会社の代表取締役であり、関西軽井沢ゴルフクラブ会員権、小野東洋ゴルフクラブ会員権、播州東洋ゴルフクラブ会員権を有し、各ゴルフクラブにおいて人柄、技術水準、資力について問題視されたことはなく、本件ゴルフ場でのプレーを希望して会員権を買い受けたものである。
(6) 被控訴人は星光から大山紘正名義の本件ゴルフ会員権を買い受けたが、大山は昭和六一年七月一四日本件倶楽部理事会から控訴会社と係争中の者であるとして①二八ケ月分の会費滞納と②念書による会員権譲渡禁止特約違反の事由によつて除名決議(乙第四〇号証)を受け、同月二二日控訴会社取締役会も右除名を承認した(乙第四一号証)。控訴会社と本件倶楽部理事会は昭和六一年八月四日大山に対して右除名処分の通知を了した。ところで、右二八ケ月分とは昭和五八年一二月分から昭和六一年三月分までを意味するものと解されるが(乙第三五号証によれば昭和五八年一〇月からとも見うるが採用しない。乙第三六ないし第三九号証参照)、被控訴人が本訴を提起した昭和五九年二月一七日(訴状送達は同年三月一日)当時では三ケ月分である。なお、会員の除名事由を定める甲第一号証の一の規約五条二号は一八ケ月以上連続した滞納と定める。本件倶楽部の会費徴収方法は月払いではなく年払いの模様である。
以上の事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。
(二) 前項認定の事実と前示当事者間に争いのない事実を前提として考察すると、次のとおりである。
(1) 被控訴人は、昭和五八年一二月に本件倶楽部に対し本件ゴルフ会員権の名義書換について電話で尋ねたところ、名義書換預託金等を支払わないかぎり名義書換はできない旨の応答を得たが、これをもつて名義書換申請手続をとり拒絶されたものと見ることはできず昭和五八年一二月二六日付文書による問い合せと回答についても同様である。しかしながら、右回答等によれば、控訴会社ないし本件倶楽部が名義書換預託金三〇〇万円の納入がないかぎり本件会員権の名義書換に応じないことは明らかである。したがつて、かかる場合、被控訴人は改めて控訴会社に対し名義書換申請をして拒絶された後に初めて本件訴訟を提起する利益が認められるとの見解は是認できない。
もつとも、会員権譲受人が控訴会社に対して名義書換の申請手続をとることは名義書換に応じるべきか否かの判断をするうえで不可欠の前提である。被控訴人の本訴請求は、訴状などの記載及び甲号各証を検討すると本件倶楽部規約、細則に照らし、記載事項、添付書類の種類に不備がないとは言えないものの、名義書換申請行為と見ることは優に肯認できる。控訴会社はこれを争うものであるから、被控訴人の本件訴の利益はあるというべきである。
控訴会社が主張するように、控訴会社の本件倶楽部の社交組織としての自律性を尊重すべきことはやぶさかでないけれども、会員権の性質、譲渡制限の目的・趣旨及び前示した審査方法、内容程度に鑑みれば、控訴会社の第一次的判断を経ないかぎり、裁判手続で会員権の譲渡承認・名義書換の可否を判断することは適切でないと見るべき特段の事情は見出し難いからである。
(2) 次に、大山の除名処分について見るに、大山は本件ゴルフ会員権を譲渡した者であるが、本件全証拠によるも控訴会社と係争中の者であると認めるべき事情は認め難いことの外、本件念書による特約違反の点は、後記三、1に認定説示のとおり右特約が除名処分をした昭和六一年七月ころには既に失効していたのであるから、規約五条一号の除名事由には該当しない。そこで進んで同五条二号の会費滞納の点につき検討する。
ゴルフ会員権の買受入(譲受人)がゴルフ場会社取締役会等から譲渡承認を得るまでは、ゴルフ場会社は右会員権売渡人(譲渡人)を会員として取り扱うべきであるから、右期間中の会費納入義務を負うのは売渡人である。したがつて、ゴルフ場会社は、会員権が輾転譲渡の途中であるか否かを調査するまでもなく、会費滞納会員を催告のうえ除名することができる。しかし、会員権譲受人が名義書換の申請手続をとり、ゴルフ場会社がこれを受け付け、審査中である場合においては、同会社は譲渡承認の審査に当たり名義書換申請者に対して現会員(譲渡人)の滞納中の年会費等の支払いに応じるかを打診し、その回答を得たうえで承認の可否を決するのが公平かつ信義則に合致する取扱いである。けだし、譲渡承認を要する制度の目的、趣旨には、前示のほか、承認手続の際に現会員(譲渡人)の滞納中の年会費等を回収して会社財務の健全を保持することも含まれると解されるほか、右のように取り扱わないときは、書換申請中の譲受人の不知の間に現会員(譲渡人)が会費の滞納を理由に除名され、当該会員権が消滅して、同人に不測の損害を与えることが起り得るからである。かかる措置を講ずることなく、会費不払いを理由に現会員(譲渡人)を除名して書換申請中の譲渡人の不知の間に当該会員権を一方的に失効させてしまうことは、特段の事情のない限り、名義書換申請中の会員権譲受人に落度がないにも拘らず、その権利を奪うものであつて、著しく信義に反するものであり、同人に対しては有効にこれを主張できないものと言わなければならない。
これを前記認定の事実関係について見ると、控訴会社が被控訴人の名義書換申請を受け付けたものと見るべき本件訴状送達日の昭和五九年三月一日当時の譲渡人(現会員)大山の滞納分は三ケ月分に過ぎず、控訴会社は大山に対して数次催告したものの、本件訴訟係属中に被控訴人に対して右滞納会費及びその後の会費の支払いにつき一言も尋ねないままに一方的に除名処分に及んだものである。なお、被控訴人は会費の滞納について同時履行の抗弁権を言うが、同人は控訴会社との関係では未だ会員ではないので主張自体失当である。また、控訴会社が右のような経緯で除名処分をせざるを得なかつた特段の事情は認め難い。してみると、控訴会社は右大山の除名とこれに基づく本件ゴルフ会員権の失効を被控訴人に対して有効に主張することはできないものと言わなければならない。
したがつて、控訴会社のこの点の訴の利益がないとする本案前の主張は失当である。
(三)(1) 控訴会社が請求原因3、(三)の事実に対する認否として「現時点においては被控訴人の人柄等の点について名義書換を拒否する考えはない。」と陳述したのは、昭和五九年二月一七日の時点での応答に過ぎず、原審における控訴会社の訴訟行為に徴しても右事実を自白したとまでは解し難く、当審における前示主張をも併せ考えれば、控訴会社は右請求原因事実を争うものと認められる。
しかし、前記二、2、(二)記載の認定の事実によれば、名義書換申請書類等の白地欄への必要事項の補充や添付書類の整理を要する点は暫く措き、被控訴人には、名義書換預託金と増額名義書換料の支払義務の有無については後記するので別論とすれば、譲渡承認に必要とされる人柄、技術水準、資力の適格性はあると認めることができる(被控訴人は、当審弁論の全趣旨によれば、滞納会費分の支払いについては、同時履行の主張はするものの、一括清算の意思があるものと認められる。)。
(2) 控訴会社は、被控訴人が控訴会社に対して本件ゴルフ会員権の譲受けを主張できず、名義書換を求めうる地位を取得していない旨主張するので、この点につき判断する。
本件預託金会員組織ゴルフ会員権の譲渡は、原始会員の控訴会社に対する前示債権債務を内容とする契約上の地位の譲渡であることは、既に説示したところから明らかである。この会員権は、ゴルフ場会社の譲渡承認がないときでも、譲渡人が、譲受人はもとより将来会員権を取得する第三者のためにも、譲渡承認・名義書換手続に協力することを予め承諾している場合には、譲受人からさらに輾転譲渡を受けた第三者にも有効に移転するものである。したがつて、本件会員権を輾転譲渡された後に取得した第三者は、その中間過程における取得者につき譲渡承認・名義書換を了していなくとも、ゴルフ場会社に対して譲渡承認・名義書換申請の手続をとることができる。ゴルフ会員権の性質、譲渡制限の目的・趣旨に反することなく、関係者の法律関係を簡明かつ合理的に規律するためには、右の方法が必要かつ十分だからである。
これを本件について見ると、大山紘正は本件ゴルフ会員権をゴルフ会員権業者である星光に売り渡し、同社に入会預託金預り証及び名義書換に必要な前示一切の書類を交付した。大山は右書類になお不備のあるときは必要書類を完備する旨を約している。被控訴人は星光から右預り証ほか一切の関係書類の交付を受けてこれを所持し、自ら本件ゴルフ場でプレーすることを希望している(なお、被控訴人が譲渡承認に必要な適格を肯定された段階では、改めて大山から必要書類の追完を実際に受けられるか、が問題となる。)。したがつて、被控訴人は控訴会社に対して名義書換手続を求められる地位にあると認められる。
(3) ところで、右の点に関して控訴会社は、①自らが譲渡承認をしていないこと、②大山からの譲渡通知もないことの二点を理由として、被控訴人は右手続を求めうる地位にないと主張する。しかし、前者については、承認のないかぎり入会できないとの意味において理解することができるとしても名義書換手続を求める地位にないとする点は失当である。後者については、大山の署名押印のある「登録者名儀変更願書」(甲第三号証)は「今般下記の通り登録者の名義変更致し度く新名儀人に於ては有馬カンツリー倶楽部の規約を確く遵守致すべく以て御詮議の上御許可相成ります様御願い申し上げます。」と記載され、被控訴人名義などを記入して控訴会社に提出することにより通知する形式の書類であり、本訴にも提出されている(ただし、最終的には必要事項の書き込みを要する。)ので、右主張は失当である。
三1 譲渡禁止特約に関する抗弁、再抗弁について。
(一) 大山紘正は、昭和五四年三月一一日、控訴会社に対して本件ゴルフ会員権について「(イ)昭和四八年一一月一日より名義書換停止中であることは認める。(ロ)譲受人は再譲渡しない。その必要が生じたときは入会金の払戻しを受けて退会する。(ハ)譲渡停止措置には一切異議がない」等を約した本件念書(乙第八号証)を差し入れて前会員から本件ゴルフ会員権を譲り受けたことは当事者間に争いがない。
(二) 控訴会社の本件ゴルフ会員権についての名義書換停止、本件念書差入れを条件とする一部停止解除、及びその後の状況について見るに、<証拠>によれば、次の事実が認められる。
(1) 昭和四七年、本件ゴルフ場の一部(旧アウトコースの四番、五番ホール等)が日本住宅公団において計画中の北摂地区新住宅市街地開発事業区域内に含まれていたため、控訴会社は右公団から右土地部分の提供方を申し込まれ、これを応諾した。
(2) 控訴会社は、右買収に伴いゴルフ・コースの改造を余儀なくされ、同時にこれを好機としてゴルフ場施設を改善し将来に飛躍する目的をもつて大改造改修を行うために休場も止む無しと考えていた。しかし、当時買収される土地の範囲が必ずしも確定していなかつたこともあり、昭和四八年九月一七日、「昭和四八年一一月一日から会員権の譲渡は承認しない。譲渡承認を再開するときは改めて取締役会で決議する。」旨を決議した(乙第二号証)。
(3) しかし、会員等から条件付の名義書換を認めてほしい旨の希望が強かつたので、控訴会社は前示三、1、(一)記載内容の念書を差し入れることを条件として昭和四九年四月一日から名義書換を承認する旨を決議した(乙第三号証の一、二)。
(4) 昭和五七年九月三〇日、控訴会社は「会員権の念書による名義書換は同年一二月一日よりアウト・コース変更工事完成による全コース再開時まで停止する」旨決議し(乙第五号証)、同年一〇月三〇日、本件倶楽部は会員に対して右期日付の着工及び名義書換停止を通知した。
(5) 控訴会社は右一二月一日右工事を開始した。その工事面積は本件ゴルフ場用地の総面積、会社所有地二二万一〇八七平方メートルと借地八三万七〇五一平方メートルの合計一〇五万八一三九平方メートル(改造前の総面積は、会社所有地一八万五四八二平方メートルと借地八八万八四〇八平方メートルの合計一〇七万三八九一平方メートル)の39.6パーセントに及んだ。控訴会社はこの折に土地を買収して社有地の比率を高めた。
工事内容としては、主要点を摘記すると、①コース関係では、四番、五番各ホールの新設、六番、七番、八番、一〇番各ホールのレイアイトの根本的変更、一番、三番、九番、一八番各ホールのレイアウトの改良、一番ないし一八番の各ホールのティーグランドの改良、グリーンの芝の張り替え、同各ホールの自動散水設備の新設、カート道の新設、コース内管理道路の増設、②施設設備関係では、クラブハウスの全面改装、アプローチ、バンカー、バター各練習場の増設、打ち放し練習場の改造、駐車場の増設などの広範囲にわたり、右工事費用は合計二九億〇七一九万九二六一円である。また、控訴会社は右工事のため昭和五七年、五八年にかけて休場を止む無くされ、その営業損失は九億九三六二万三〇四〇円に上つたので、以上本件ゴルフ場の改造改修にかかつた総費用は合計三九億〇〇八二万二三〇一円となる。
以上の結果、本件ゴルフ場の利用価値は著しく高まつた。
(6) ところで、右工事着工前の昭和五三年二月ころから本件ゴルフ場用地中の借地部分について地主との間で借地契約の更新が問題となり、地主方から土地明渡請求訴訟(大阪地方裁判所昭和五三年(ワ)第二二七二号事件)が提起された。しかし、その後右紛争は解決し、控訴会社は引き続き借地できることになつた。
(7) 控訴会社は、昭和五八年八月二日、右改造改修工事完成の見透しを得たので、左記内容の決議をした(乙第七号証)。同月四日、本件倶楽部理事会も同様の決議をし(乙第二三号証)、同年一一月二一日、右決議を会員に対して通知し、同時に改訂新規約を送付して入会預託金預り証裏面に貼付の旧規約(甲第一号証の二)を取り替える旨連絡した(甲第七号証)。
記
① 昭和五八年一〇月一日より全コースの営業を再開する。
② 会員権の名義書換承認を受けた新名義人は、名義書換預託金三〇〇万円を払い込むものとし、同預託金は無利息とし払込んだ会員が退会したとき同人に返還する。
③ 名義書換料三五万円を五〇万円に変更する。
④ 会員の年会費一万八〇〇〇円を三万円に変更する。
⑤ 昭和五八年一二月一日より名儀書換手続の停止を解除する。
(8) 本件念書を差し入れて本件ゴルフ会員権の譲渡承認を得て会員となつたものは大山を含めて七五六件に上つた。
以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
(三) 以上認定の事実によれば次のとおりである。
大山と控訴会社間で本件念書(乙第八号証)により会員権の譲渡禁止の特約が締結されたが、その経過に鑑みれば、右特約が公序良俗に反し無効とすべき事情は窺われず、この点の被控訴人の再抗弁等1、(三)の主張は失当である。また、本件入会預託金預り証は有価証券ではなく、文言証券性を有するものとも認め難いからこれを前提とする被控訴人の同1、(一)の主張は理由がなく、禁反言の法理に反する旨の同1、(二)の主張も、右預り証の記載文言に被控訴人主張のような格別の意味・拘束力があるとまでは言えないから、採用に由ないところである。
(四) 前記認定事実のほかに、乙第八号証の本件念書第一項の、本件ゴルフ会員権の名義書換停止は「代替地並にゴルフコースのレイアウト等設計施工の為めゴルフ場休場期間の見通しより第三者(譲受人)の迷惑防止策」である旨の記載を併せ考慮すると、会員権の名義書換停止は社会経済生活上会員権譲受人(名義書換請求者)を無用の紛争にまきこむことの防止という第三者保護を目的とする措置であると認められる。しかし、控訴会社がかかる措置をとつた法的な意味・目的は、契約関係に立たない第三者を保護することにあるわけではなく、譲渡性を有する本件ゴルフ会員権をもつ会員各人の利益を擁護してその地位の安全性を確保し、併せて控訴会社自身が会員権売買に伴う紛争にまきこまれないための防止策であると解される。そして、本件念書及びその差入入れを条件とする名義書換制度も、他に特段の事情の認め難い本件においては、右同様の意味・目的に出るものと認められる。
そうであるとするならば、ゴルフ場の大改造改修工事が完成し全コースの営業再開、名義書換停止の解除がされたときには、前示した休場に伴う紛争が発生する余地もなくなるので、本件念書による特約は全コースの営業再開及び名義書換停止の解除を解除条件とするものであり、前記本件念書第一項の記載はその趣旨を表明したものと解するのが相当であるから、全コースの営業が再開され、かつ名義書換停止が解除されたことにより右解除条件が成就し、本件念書による特約は効力を失つたと認めるべきである。
控訴会社は休場に伴う紛争防止に止まらず、本件ゴルフ場の借地権確保、資金繰りの成否などの問題が山積して企業としての存亡の危機にあつたから名義書換を停止し本件念書の差入れを求めたと主張する。しかし、本件全証拠によるも、かかる経営上の具体的な危機があつた事実及び名義書換停止の原因が経済的危機にあつたことは認め難く、控訴会社は前示経緯でいくつかの懸案を解決してゴルフ場の再開に至つているのであるから、右主張は採用し難い。
2 名義書換預託金及び増額名義書換料の支払義務の有無(抗弁、再抗弁)について。
(一) 昭和五八年四月一一日に被控訴人が星光から本件ゴルフ会員権を譲り受けたことは前示したが、その当時の名義書換料は三五万円と定められていたことは当事者間に争いがない。
(二) 前記認定の事実のほか、<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。
(1) 控訴会社が本件名義書換預託金制度を新設し、本件名義書換料を増額したのは、本件ゴルフ場の前示改造改修に要した費用総額三九億〇〇八二万二三〇一円のうち自社積立金や住宅公団から支払われた保証金一八億八六〇〇万円を当てた部分を除き主に借入金で支弁したが、その金利負担を軽減し経営基盤を補強するためであつた。
(2) 本件倶楽部の規約(甲第一号証の二)の一一条は「本会に、理事長、専務理事、名誉理事各一名、常任理事、理事、委員長、委員各若干名の役員を置く」旨、一二条は「役員は会社取締役会に於て推薦委嘱する」旨、一三条は「理事長は会社を代表する取締役たる者が之に当たる」旨、一七条は「理事は理事会を組織し、本倶楽部の目的遂行を計る」旨、二二条は「本規約の改廃は会社取締役会の承認が必要である」旨、二三条は「本クラブ運営に関する細則は理事長が必要と認めたる時は会社取締役会の承認を得て別に之れを定める」旨定められていた。これまで実際上は本件倶楽部理事会も規約等の改訂に携わつたが、規約上の権限を有する控訴会社取締役会がこれを決定していたことは言うまでもない。
(3) 昭和三九年一二月二二日付で作成された本件入会預託金預り証に貼付された規約(甲第一号証の二)六条には、「入会金を譲渡する場合所定の申請をなし、名議書換登録手数料として規定入会金の一六パーセント相当額を支払うものとする。(規定入会金とは名義書換申請時の入会金を言う)」と定められ、控訴会社は、開場以来概ね会員数約二二〇〇名を充足した昭和四〇年ころまでは右六条に則りその時々の規定入会金(なお、本件会員の募集は開場以来一〇次にわたり、当初入会金は一〇万円、最終には同四五万円となつている。)にスライドして右手数料を収受して名義書換手続に応じてきた。
昭和四一年ころ、前示手続により規約を改訂してこれを会員名義変更登録預り金に改め、その細則によりその額を三五万円と定めた。
その後、控訴会社取締役会は昭和五七年六月一日以降右会員名義変更登録預り金を名義書換料に再改訂し(乙第四号証)、更に規約六条を「入会金を譲渡する場合所定の申請をなし、名義書換料及び名義変更預託金を払込むものとする。預託金は無利息にて直接会社に預け入れ、その払込をなしたる会員が退会したる時に返還する事とする」旨に改正し(甲第八号証、乙第一号証の一)、控訴会社代表者は細則(乙第一号証の二)三条の改正により、名義書換料を五〇万円に増額し、名義書換預託金を三〇〇万円と定めた。
(4) そして、名義書換手続の実際は前記二、2、(一)、(二)記載のとおりである。
以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
(四) 以上認定の事実によれば、次のとおりである。
本件名義書換預託金制度の新設は規約の改正、名義書換料の増額は細則の改正という法形式をとる。前者は会社取締役会が、後者は同会社代表者である理事長が同社取締役会の承認のもとにそれぞれ行われた。これらの手続に本件倶楽部の会員の総意が反映されたことはなく(右改正の際、会員の総意を確める手続がとられなかつたことは当事者間に争いがない。)、むしろ控訴会社の意向、すなわち企業経営の配慮を優先させがちな機関の意見により改正されたものというべきである。本件改訂作業当時の本件倶楽部は前示した組織・機構からみて会員の自主的な組織とは認め難いので、その理事会が改訂作業に携つたことにより会員の総意が反映されたということはできない。
いわゆる預託金会員組織をとる本件倶楽部の規約、細則には、会員と控訴会社間の契約関係を規律する部分とゴルフ場の施設・組織・機構の管理運営にかかる事項を定める部分とがある。前者は、いわゆる普通契約約款としての性格をもち、契約当事者の双方を拘束する。後者は、経営責任を負う控訴会社がいわば外部の債権者である会員の意思にかかわらず経営権を行使すべき対象である。したがつて、控訴会社取締役会あるいは同会社代表者と取締役会(つまり、控訴会社)が規約上の手順に従つていわば一方的に規約・細則を改正した場合、前者については当然に契約当事者双方の合意があつたとはいえないので会員を拘束するものではないが、後者については会員を拘束する。
さて、会員と控訴会社との契約上の債権債務に変更を加えることは、通常、前者に属する。しかし、この場合であつても、社会経済情勢の変化に応じた規約・細則の改正が不可避であると通常予想される範囲における改正については、会員は予め黙示的に承諾していると解され、改正時に改めて会員各人の意思を問い直すまでの必要のないこともある。以上の次第であるから、入会時に会員が承諾した規約の手続に従つた改正は常に会員の総意を反映するという控訴会社の主張は採用し難く、倶楽部と会員の問題は倶楽部の決定をもつて足りるとの同人の主張も、前提となる前示事実関係に徴すれば失当である。
そこでまず、本件名義書換料を従前より増額して五〇万円と改めた点を見ると、この名義書換料は非会員が譲渡承認・名義書換を求める手続(入会手続)に際し同人に課される承諾料の性質をもつものであつて、会員の控訴会社との契約関係にかかわるものではないと解すべきである。したがつて、名義書換料の金額の決定はゴルフ場の施設・組織・機構の管理運営にかかる事項に属するものというべきであるから、控訴会社は会員の意思を確めることなく規約上の手続に従つて改訂増額することができ、その拘束を受ける会員の契約上の地位、すなわち本件ゴルフ会員権を譲り受けた被控訴人は改訂増額された名義書換料を納入すべき立場にあるというべきである。
次に、名義書換請求者(会員権譲受人、非会員)に名義書換預託金三〇〇万円の納入義務を課する規約・細則の性質について検討する。
名義書換預託金制度は、控訴会社が事業資金を必要としこれを調達するために採つた一方途である。控訴会社は右預託金の納入を非会員である名義書換請求者に課したのであるから、直ちに、会員の控訴会社に対する契約上の債権債務に変更を加えるものとはいえない。もつとも、本件ゴルフ会員権は右債権債務を中核とする契約上の地位にほかならないが、それは輾転譲渡しうる財産権でもあるから、ゴルフ場会社の企業内容と名義書換預託金の納入額の相関関係のいかんによつては、会員権の市場性を著しく狭め、その譲渡性を阻害する結果、財産権としてのゴルフ会員権の侵害になる場合があり得る。そこで、本件ゴルフ会員権の譲渡性を喪失させ、あるいはそれに準じる事態に立ち至る蓋然性が高いなど特段の事情のある場合を除外し、かかる事情のない場合にかぎり、名義書換預託金制度はゴルフ場の施設・組織・機構の管理運営にかかる事項に属すと見るのが相当であると思料する。右の特段の事情がない場合においては、会員権の市場価値が増減することは企業内外の諸条件の変動に対応するものであり、これにより会員が蒙むる利益・不利益は経済的な損益の問題に過ぎないものというべきである。
本件につき右特段の事情の右無を見るに、前示ゴルフ場の規模・内容、資金調達の必要とその事情、改造改修工事の内容・規模、企業経営、財務面などにおいて不健全な点は窺われないこと等の諸般の事情及び名義書換預託金の額が三〇〇万円であることを総合考察するとき、未だ右特段の事情は認め難い。
してみれば、本件名義書換預託金制度の新設は、会員の控訴会社に対する契約関係にかかる事項ではなく、ゴルフ場会社の施設・組織・機構の管理運営にかかる事項であると認められる。したがつて、控訴会社は会員の意思を確かめることなく規約に基づき右制度を新設(改正)することができ、もつて会員を拘束することができる。そして、右改正規約・細則の拘束を受ける大山会員の本件ゴルフ会員権の譲渡を受けた被控訴人も右拘束を受け、控訴会社に対して名義書換を求めるためには三〇〇万円の名義書換預託金を納入すべき立場に立つものである。
(五) 被控訴人が主張する再抗弁等2、(一)の主張(有価証券、文言証券性違反)、(二)の主張(禁反言の法理)はいずれも前同様の理由から失当であり、同項(三)の主張(公序良俗違反による無効)についても既に説示した次第であるから採用に由ないところである。
(六) 以上のとおりであるから、被控訴人は名義書換料五〇万円と名義書換預託金三〇〇万円を納入して本件ゴルフ会員権の譲渡承認・名義書換手続を求めるべき地位にあるところ、右金員の支払いを拒む被控訴人に対して控訴会社が名義書換手続に応じないのは、その余の点を判断するまでもなく、正当であると認められる。
四したがつて、被控訴人の本訴請求は全部理由がなく棄却を免れない。
五よつて、右と結論を一部異にする原判決は一部不当であるから、原判決中控訴会社敗訴部分を取り消し、被控訴人の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官大和勇美 裁判官久末洋三 裁判官稲田龍樹)